新たな性質を持つマイコプラズマ
2024年は年明け早々に大きな地震が発生したり、大惨事になるところであった飛行機事故が発生したり、なんとなく大きな事件が起こる年になるような予感があります。感染症については、以前に地球温暖化が新興感染症の発生に大きく関わっていることを書きました。新型コロナウイルス感染症が発生して今年で5年になります。さすがにこの短期間で次の新興感染症が発生するとは思われませんが、あと5年のうちには発生する危険性もあります。今年も感染症キャッチアップでは国内外のさまざまな感染症の話題を取り上げて行くつもりです。今回は昨年末から中国で、特に小児を中心に流行している肺炎マイコプラズマをキャッチアップしてみます。
マイコプラズマはどんな微生物
マイコプラズマは、ペプチドグリカンによる細胞壁を持たない小型の原核生物です。細胞壁は有しませんが、細胞膜で覆われており、ヒトや他の哺乳動物の体内や自然界に広く生息しています。
マイコプラズマ属のなかで3菌種がヒトの病気に関わりがあり、肺炎を起こすMycoplasma pneumoniae(肺炎マイコプラズマ)、尿道炎や骨盤内臓器に感染するMycoplasma hominis、非淋菌性尿道炎の原因となるMycoplasma genitaliumがあります。細胞壁を持っていないため、ペニシリンなどの細胞壁合成阻害薬は無効ですが、マクロライド薬などの細胞の代謝を阻害する薬剤は有効です。
別名「歩く肺炎」の特性
肺炎マイコプラズマは飛沫によってヒトからヒトに感染します。下気道に感染し、非定型肺炎の原因菌としては最も多いとされています。実際に感染しても肺炎を発症する例は約20%とされ、それ以外は気管支炎や咽頭炎、中耳炎など軽症の感染症を発症します。感染は世界中で1年中認められますが、秋から冬にかけて患者数が増加します。また、感染が最も起きやすい年齢は6~20歳までの学童や若者です。
肺炎を発症しても細菌性肺炎に比べて症状は軽度のことが多く、患者は肺炎になっても普通に歩くことができるため、マイコプラズマ肺炎は別名「歩く肺炎」と呼ばれることがあります。
この冬中国で流行中のマイコプラズマ肺炎
2023年11月に北京市呼吸疾患研究所の童朝暉所長が今回流行しているマイコプラズマ肺炎について記者会見をしています。それによると、今回の流行では3歳以下の幼児も感染し、従来と比べて低年齢化がみられるとされています。症状は、咳嗽、咽頭痛、発熱、頭痛などの従来の非定型肺炎と同様で、大部分の患者の予後は良好で、後遺症を残すことはないと報告されています。
また上海交通大学附属上海児童病院呼吸器内科の殷勇主任医師は、今年は重症患者の比率がやや高く、時に大葉性肺炎がみられ、少数ではあるものも気胸や肺塞栓の合併例があり、多くのマイコプラズマ肺炎の患児を収容し、ベッドに空きがないと報告しています。診断確定後は直ちにアジスロマイシン、エリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬を投与するも、48~72時間後に解熱せず、咳嗽が強い症例もあり、マクロライド系抗菌薬に耐性がある肺炎マイコプラズマの感染の可能性がある症例もみられると報告しています。
さらに中国のある地域の小児科病棟では今年は患者数が明らかに多く、100床弱の小児科病棟はすでに満床で、まだ100人に近くの患児が入院を待っているとの報告もあります。
マクロライド耐性、日本でも要注意
今回は中国でのマイコプラズマの流行を取り上げました。以前は日本国内でも4年に1回の周期で流行がみられ、オリンピックが開催される年に流行すると言われていましたが、現在ではその周期も不明瞭になり、突発的に流行が発生するようになりました。
また、中国と同様にマクロライド耐性肺炎マイコプラズマも増加傾向であり、小児ではすでに90%以上の耐性がみられるとの報告もあります。「歩く肺炎」と呼ばれ、軽視される傾向にありますが、患者数が大幅に増えると中には重症の肺炎も発症するため、今後も注意が必要です。
感染症キャッチアップは毎月10日にMed Peerに掲載されている「Dr.前﨑の感染症Catch-Up!」の記事を転載しています。
埼玉医科大学 感染症科・感染制御科 教授
医学博士
長崎大学医学部を卒業後、呼吸器内科、感染症内科で臨床および研究に従事。現在は埼玉医科大学病院で感染症の診療と院内感染対策を主な業務とし、学生や研修医の教育も行う。日本感染症学会の理事や厚生労働省の審議会などの役職も務める。
専門は内科学、感染症学、感染制御学、呼吸器感染症