ジメジメはカビには天国
雨の季節に入りました。関東でも梅雨入りが発表されました。ジメジメとしてあまり心地よい季節ではありませんが、カビにとっては最もよい季節の到来です。カビは真菌と呼ばれる生物で、その感染症は真菌感染症として医学的にも重要な感染症です。今回はこのカビの一種で、いま世界中で最も恐れられているカンジダ・アウリス(Candida auris)についてキャッチアップしてみます。
発祥の地は日本人の耳
カンジダ・アウリスは2009年に日本の研究者により初めて報告された酵母状真菌です。発見者の帝京大学医真菌センターの槇村浩一博士は、慢性中耳炎患者さんの耳漏から未知のカンジダ属を分離されました。
槇村博士は私も個人的にもよく存じあげている先生で、最初にこの菌を見た時に他のカンジダ属と違って、何となくネバネバした菌だと感じたそうです。そこで遺伝子学的に詳細に解析した結果、これまでの菌種にないカンジダ属であることが判明しました。槇村博士は耳から分離されたので、ラテン語で「耳」を意味するaurisと命名しました。先日お会いした際には、こんなに世界的に有名になる菌であれば、もっと格好の良い名前にすべきだったと後悔されていました。
米国では全数把握の対象です
実は、槇村博士が分離された日本国内のカンジダ・アウリスはそれほど厄介な菌ではありません。しかし近年、インド・南米・アフリカ・米国などの多くの国で分離されているカンジダ・アウリスはとても厄介なカビです。それを踏まえて世界保健機関(WHO)は2022年に真菌優先病原体リスト(WHO fungal priority pathogens list)の一つとして位置付け、また米国疾病対策・予防センター(CDC)では全数把握の対象の感染症となっています。
何かと厄介者な耐性菌
海外で流行しているカンジダ・アウリスにはいろいろと厄介なことがあります。その一つは治療に用いる抗真菌薬が効きにくいことです。カンジダ症の治療に広く用いる抗真菌薬であるフルコナゾールに対して、米国の報告では約80%の菌が耐性を示し、約30%の菌が2種類以上の抗真菌薬に耐性を示すとされています。さらに敗血症などの血流感染症を発症した場合、致死率は30~60%と極めて高く、米国の集中治療室(ICU)ではこの感染症で多くの患者さんの命が奪われています。
院内感染は対処が難しい
さらにもう一つ厄介なことは、この菌が容易に院内で拡がり、また一度拡がるとその感染対策がとても難しくなるということです。カンジダ属は、ヒトの常在性真菌の一つで、カンジダ・アウリスも健康な人の鼻腔・鼠蹊部・腸管などに定着します。そのため、患者さんからカンジダ・アウリスが健康な医療従事者に定着し、保菌した医療従事者から新たな感染が起きる危険があります。この菌は周囲の環境や医療器具などにも定着し、それが原因で、院内でアウトブレイクした事例が海外で多く報告されています。
今回はいま世界中で最も恐れられているカビであるカンジダ・アウリスを取り上げました。新型コロナが落ち着き、今後は海外との人の交流が活発になると思います。薬剤耐性を持った カンジダ・アウリスが海外から来た人とともに日本に持ち込まれ、日本の医療機関で広がる危険性も十分に考慮する必要があるでしょう。迅速な対応が今まさに求められています。
感染症キャッチアップは毎月10日にMed Peerに掲載されている「Dr.前﨑の感染症Catch-Up!」の記事を転載しています。
埼玉医科大学 感染症科・感染制御科 教授
医学博士
長崎大学医学部を卒業後、呼吸器内科、感染症内科で臨床および研究に従事。現在は埼玉医科大学病院で感染症の診療と院内感染対策を主な業務とし、学生や研修医の教育も行う。日本感染症学会の理事や厚生労働省の審議会などの役職も務める。
専門は内科学、感染症学、感染制御学、呼吸器感染症