パンデミックをいったん振り返る
政府は5月8日をめどに、新型コロナウイルス感染症の感染症法における位置づけを2類相当から5類相当に変更することを決めました。
足掛け4年にわたる新型コロナとの戦いも1つの節目を迎えることになります。
分類変更が、医療や社会にどのような影響を与えるかについては、政治や行政に考えてもらうことにして、今回のキャッチアップでは、医学的な側面から新型コロナがもたらしたものや、これからについて考えてみたいと思います。
「これから」についてのことは、私個人の考えですので、そのことはご容赦ください。
エンデミックになっても「なくなりません」
新型コロナのパンデミックはエンデミックに移行すると考えます。
すなわち、なくなることはなく、ある一定の感染者が、ある一定の時期に、ある一定の地域で発生するということです。
これまでの新型インフルエンザと同様に、新型コロナもエンデミックになるということです。
しかし、インフルエンザのように冬季にその流行が起こるどうかは定かではありません。
新型コロナの流行は、季節に関係がなく、おそらくウイルスの変異や抗体価の低下などが主な要因になったと考えます。
抗体については、すでに多くの人が感染したことと、ワクチンの接種によりある一定レベルの抗体は獲得したと考えられますので、ウイルスの変異が流行の大きな要因になると思います。
そう考えると次の流行は、変異が起こるまでの期間が長いか、短いかで決まると思います。
どちらにしても、新型コロナウイルス感染症がなくなることはないと考えています。
mRNAワクチンの光と影
今回のパンデミックにおけるもう1つの大きな発見がmRNAワクチンです。
これまでの生ワクチンや不活化ワクチンとまったく異なったコンセプトによる新規のワクチンですので、人類の大きな発見の1つと考えて良いかもしれません。
mRNAワクチンの発見で、これまでに類をみないスピードでワクチンが開発されました。
さらにmRNAワクチンでは、従来のワクチンに勝る感染防御効果と重症化予防効果が確認されました。
一方で、mRNAワクチンでは抗体の持続時間が短く、複数回の接種が必要であることや、標的であるスパイク蛋白の構造が少しでも変化するとその効果が激減するなどの課題も見えてきました。
しかし、mRNAワクチンの考え方は新型コロナウイルス以外のさまざまなウイルスにも応用可能であり、すでにインフルエンザウイルスに対するmRNAワクチンが実用化されつつあります。
また、mRNAワクチンは製薬企業に莫大な利益をもたらしました。
そして、それがゆえに世界中で多くの訴訟問題が起こっていることもこのワクチンがもたらした影の1つかもしれません。
感染症治療の新たな武器「抗体医薬」
もう1つ、新型コロナとの戦いの中で新たなものが実用化されました。
感染症に対する抗体医薬です。
新型コロナの治療では、カシリビマブ/イムデビマブ(販売名=ロナプリーブ)、ソトロビマブ(同ゼビュディ)、チキサゲビマブ/シルガビマブ(同エバシャルド)の3薬剤が実際に患者さんに投与されました。
カシリビマブ/イムデビマブは、あのトランプ大統領が新型コロナに感染した際に投与された薬として一躍有名になりました。
このように、本格的に感染症の治療や予防に抗体医薬が使われたことで、今後さらに多くの感染症治療に応用できる可能性がはっきりしてきました。
しかし、この抗体医薬もmRNAワクチンと同様に標的抗原タンパクのわずかな変異で効果が激減することがわかり、今後はウイルスの変異にも順応できる抗体医薬の改良が必要なこともはっきりしました。
埼玉医科大学 感染症科・感染制御科 教授
医学博士
長崎大学医学部を卒業後、呼吸器内科、感染症内科で臨床および研究に従事。現在は埼玉医科大学病院で感染症の診療と院内感染対策を主な業務とし、学生や研修医の教育も行う。日本感染症学会の理事や厚生労働省の審議会などの役職も務める。
専門は内科学、感染症学、感染制御学、呼吸器感染症